【活動報告】女川100TRAILSでの判断と活動について
目次
女川100TRAILSとの関わり
今回、私は女川100TRAILSというトレイルランニング大会に、救護・安全管理の立場で関わらせていただきました。
この記事で書きたいのは、事故の評価や原因の断定ではありません。あくまで、私自身が大会準備から当日まで、どのような活動を行い、何を考え、どう動いたのかを「活動報告」として記録しておくことで、報告書は現在主催者と作成中です。
女川100TRAILSは、宮城県女川町を舞台にした大会です。海と山が近く、三陸らしい地形の中を走る魅力的なコースである一方、自然環境の影響を受けやすい難しさも持っています。

大会の準備は、実際には半年前から始まっていました。トレイル大会では、コースの安全性、分岐の明確さ、通信環境、救護体制、救助動線など、多くの要素を事前に検討しておく必要があります。私も主催者と情報を共有しながら、安全面を中心に関わってきました。
年末から年明けにかけての現地確認
年末の試走会と顔合わせ
年明けに個人的な踏査を行う前に、年末には大会の試走会にも参加していました。

この試走会は、単にコースを走って確認するためだけの場ではありませんでした。主催者やスタッフの皆さんと直接顔を合わせ、現場の空気感を共有し、お互いの考え方を知る大切な機会でもありました。
安全管理や救護に関わる立場としては、当日に初めて顔を合わせるのではなく、事前に関係性を作っておくことが重要です。また、この試走会を通じて、本番で実際に走るランナーの何人かにも顔を知ってもらうことができました。
これは一見小さなことのようですが、現場ではとても大切です。何かあったときに「誰に声をかければいいのか」「どんな人が安全管理に入っているのか」が分かっていることは、ランナーにとっても安心感につながります。コースを知ることと同じくらい、人と人との関係を作っておくことも準備の一部だったと感じています。
年明けの個人踏査
年が明けてから、私はあらためてコースを自分の足で確認しました。
この時は走るのではなく、登山靴でゆっくり歩きながらコースを回っています。安全を考える場合、走るスピードでは見落としてしまうことが多いからです。
歩いて確認することで、分岐の視認性、足元の滑りやすさ、斜面の角度、雪の残り方、転倒した場合の落下方向、電波状況などを細かく見ることができます。
この時点で感じていたのは、女川のトレイルは非常に魅力的である一方で、天候や積雪によって状況が大きく変わる可能性があるコースだということでした。
大会前日までの準備
IP無線の穴を確認し、デジタル簡易無線を追加
大会前日にも、現地でコースチェックと通信確認を行いました。

その中で、IP無線の電波が弱くなる場所、いわゆる「通信の穴」があることが分かりました。山での安全管理において、通信は基盤です。通信が確保できなければ、状況把握も、救護対応も、捜索も遅れてしまいます。
この問題をそのままにしておくわけにはいかないと考え、私は一度仙台へ戻り、当社と協力関係にある(株)デジタスさんを訪問しました。
そこで事前に購入していたデジタル簡易無線を納期を早めて納入していただき、大会で運用できるよう体制を整えました。また電波不感地帯なども考慮しホイップアンテナのご提供も頂きました。
これがまさか翌日の救助に関わることになるとは思いもよりませんでした。

「まず現場で使えるものを用意する」。これは、私が安全管理の現場で常に大切にしている考え方です。無線を貸すだけ、貸しっぱなしの業者なども多くありますが、デジタスさんのような専門知識がある会社の助言があるのは心から助かります。
大会当日の朝
北コースの雪を確認し、安全面へ舵を切る
大会当日の朝も、スタート前からコース確認を行っていました。

特に懸念していたのが北コースです。北側は雪が残りやすく、もし残雪が多ければ、正規ルートが見えにくくなる、トレースが消える、分岐が分かりにくくなるなど、道迷いの可能性が高まります。
もともと主催者とは「もし雪が残っていたら荒天コースへ変更する」という話をしていました。現地を視察し、その可能性を確認したうえで、主催者と相談し、安全面を優先してコース変更という判断になりました。また風が強くなった場合に備えて変更後のコースの倒木などの除去も行いました。

関東では公園などで木が倒れ多くの負傷者が出るほどの風でした。
レース中の対応
雨で荒れ始めたトレイルへの対応
レースが始まった後、夜半になると雨が強く降り始めました。トレイルは急速に荒れ始め、斜面は滑りやすくなっていきました。

女川は漁師町でもあるため、現地でロープを購入し、200メートル分のロープを使って安全確保を図りました。

また、主催者がトレイル上に安全のために敷き詰めていた麻マットもずれていたため、それを直す作業も行いました。

この時点で、私自身は50時間以上ほぼ睡眠なしの状態でした。周囲からは休むよう言われても、どうしても現場が気になり、休めない時間が続いていました。
道迷い発生
北コースで2名の道迷い
15時を回った頃、ランナーの道迷いが発生しているという連絡が入りました。
事前に南コースの方が滑りやすく距離も長いことから、南側に多くのマーシャルを配置する話をしていましたが、結果として北コースで2名の道迷いが発生しました。
1名は安全圏へ
1名はロードに出て街へ下っており、スタッフが対応しました。
もう1名は雪の正規コースへ
もう1名は正規のコースへ進んでしまったようでした。こちらは雄勝峠のほうに進んでしまうと残雪もあると考えられたため早急な対策が必要と判断しました。16時前に本人から大会本部へ道迷いの連絡が入ったため、15分で捜索チームを立ち上げ、4名で山に入りました。この際にデジタル簡易無線の立ち上げ、無線のバックアップなどを会場にいらしていたデジタス様にご協力頂き万全の体制で山に捜索に向かいました。
日没と大会中止の判断
ジオグラフィカなどの地図アプリでお互いの位置を確認しつつ、捜索を行いましたが、入山して約1時間半、17時35分には日没を迎えました。
この時、遭難者の声が近くで聞こえる場所までは接近していた状況ではありましたが、地形は沢地形、声は反響し居場所は分かりづらい、上部から近づくと落石等で遭難者を危険にさらす可能性もありました。
これ以上踏み込むことで捜索側の安全が損なわれる可能性もありました。
また事前の救護計画で決めていた通り、主催者と打ち合わせた上で日没を持って、この段階で消防・警察へ正式な救助を要請しました。
本部では17時45分にレースを一時中断、ランナーを誘導する方針を決定した後、18時に大会中止を決定の判断が下されました。
消防隊到着と救助
18時15分に消防隊が到着し、現場の状況を共有しました。本来ならば日没後は翌朝の捜索となるとのことでしたが、その後、地元ネイチャーガイドの方も合流したこと、声が聞こえる位置まで位置が絞れていたことから、消防隊が入山することになりました。
19時30分頃、消防隊が遭難者と接触。遭難者は、必携装備を全て着込み、アルミシートにくるまった状態で、消防隊にライトを点滅させ、笛で自分の位置を知らせると言う考えられるすべてのことを実施していました。しかしそれでも低体温状態だったため補食と白湯を補給し、20時に無事下山しました。

最後に
翌日、主催者と消防署、ネイチャーガイドさんに謝罪とご挨拶に伺いました。迷った場所などをすり合わせたところ捜索隊は遭難者の30m上方まで近寄っていたことが分かりましたが、撤退の判断は間違っていなかったと確信しています。

大会は予定より1日早く終わることになりました。
それでも翌朝の道の駅には、多くのランナーの笑顔がありました。

干物などの特産品を手に取り、仲間と話し、女川の町の空気を感じながら過ごしている姿を見ていると、この大会は単に「走るだけの場」ではないのだと、あらためて感じました。
道の駅では多くのランナーからねぎらいの言葉や差し入れも多くいただきました。
本当にありがたいことでした。
私はそこで、あらためて「おかげさま」という言葉を思いました。
何事もなく終わる大会の裏には、必ず誰かが見えないところで動いています。
コースを確認する人、マーキングをする人、エイドを支える人、選手の帰りを待つ人、雨の中で泥だらけになりながら安全確保をする人。
そして、急な変更や厳しい判断を受け入れながら行動してくださったランナーの皆さんもまた、大会を支える大切な存在でした。
何も起きなかったように見える瞬間の裏には、誰かの準備があり、誰かの緊張があり、誰かの我慢と努力があります。
今回の大会は途中で中止という形にはなりましたが、それでも多くの人が無事に帰路につくことができたのは、まさにそうした見えない支えの積み重ねがあったからだと思っています。
だからこそ私は、今回の現場に関わったすべてのスタッフに敬意を表したいと思います。
そして、厳しい状況の中でも大会運営の判断を受け止め、最後まで行動してくださったランナーの皆さんにも、心から敬意を表したいと思います。