実績・活動記録

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イベントレポート2026.10.15

finetrack × MEROS「帰宅部」プレイベントを終えて

10月14日、finetrack TOKYO BASEで安全をテーマにしたプレイベントを開催しました。

定員は20名。募集を始めると、その倍近い約40名の方から申し込みをいただいたと報告を受けました。

もちろん、それだけでも本当にありがたいことです。

でも今回、私の中に一番強く残ったのは、「何人集まったか」ではありませんでした。

イベントが終わっても、なかなか皆さんが帰らなかったこと。


なぜ、このイベントをやろうと思ったのか

私はこれまで山岳救助隊として、600件ほどの山岳救助事案に関わってきました。

そこでは多くのメーカーさんに支えていただいて活動をしてきた経緯があります。
patagoniaさん、mont-bellさん、La Sportiva さん、
そして15年近く御嶽山噴火災害からお付き合いをさせていただいたのがfinetrackさんです。

私は現役時代、積極的な発信をする立場になかったため、
現役を退いた今こそ、お世話になった恩返しをしていきたいと思っています。

多くの救助の経験の中で感じてきたのは、遭難は決して「経験のない人」や「無謀な人」だけに起きるものではない、ということです。

今回イメージしたのは、登山を始めて5年ほどが経ち、装備のこともある程度分かり、一人でも山へ行けるようになってきた登山者です。finetrackを好む登山者像はやっぱりそんなところでしょう笑

だからこそ今回は、単に「山ではこんなことに注意しましょう」という安全講習にはしたくありませんでした。

10月の開催だったこともあり、これから迎える11月、12月に実際に起きた遭難事例を題材にしました。

finetrackを着用するであろう登山者像。
50代前後の登山経験5-10年の中級者、単独行を好む男性。

その中で11月の奥多摩、600件の中から思い出したのは6年ほど前の秋の事例。
鴨沢登山口から雲取山を経て石尾根縦走路を雨の中進んだ中で道迷いを起こした登山者です。
少し年齢などはぼやかして個人特定できない形で事例を紹介しました。

日没は早くなる。
気温は下がる。
雨に濡れれば体温は奪われる。

少しの判断の遅れが、夏とはまったく違う結果につながる季節です。

その一つの遭難事例を最初から最後まで、参加者の皆さんに「追体験」してもらいました。

状況を少しずつ提示しながら、

「自分だったら、この日に山へ行くだろうか」
「ここまで来たら進むだろうか、引き返すだろうか」
「この装備で足りるだろうか」
「自分なら何を見落とすだろう」

と考えてもらいました。

遭難した人の行動を後から見て、

「ここが間違っていた」
「こうすればよかった」

と評価するのは簡単です。

でも、自分がその場にいたら、本当にその判断ができるでしょうか。

そこを考えてほしかったのです。

そして最後に、一番考えてもらいたかった問いを投げかけました。

「この遭難は、どこから始まっていたと思いますか?」


入念な準備、そして不思議な共通点も

今回のイベントを一緒につくったfinetrackの柴崎さんは、とにかく準備が入念な人です。

イベントの構成、参加者への伝え方、会場の作り方まで、一つひとつ丁寧に確認しながら進めてくれました。

そんな柴崎さんと話しているうちに、思いがけない共通点がいくつも見つかりました。

まず、同い年。

さらに話していくと、なんと同じ時期に同じ大学に通っていたことが分かりました。

お互いの存在すら知らないまま、同じ大学で同じ時間を過ごしていたことになります。

その後、二人とも山にのめり込んでいきました。

そして、もう一つ大きな共通点がありました。

二人とも、山の中で大きな遭難につながりかねない経験をしていることです。

結果としては大きな事故にはなりませんでした。無事に帰ってくることができました。

でも、「何も起きなかったから大丈夫だった」で済ませていい経験でもありません。

一歩違えば、まったく違う結果になっていたかもしれない。

自分はなぜ、その判断をしたのか。
どこで判断を変えられたのか。
何が足りなかったのか。

遭難した人の失敗を教えるのではなく、

「自分だったらどうしただろう」

と一緒に考えたかったのは、そんな二人自身の経験と無関係ではなかった気がします。


迎えた当日。

10月14日。

少し早めに会場に入り、柴崎さんと最後の打ち合わせをしました。

当日に至るまで、この取り組みは少しずつ広がっていました。

事前にはPR TIMESでも取り上げていただき、当日はfinetrackの冊子『蒼に分け入る』のライターの谷山さんや、マーケティング課の課長の松井さんにも来ていただきました。

もともとは柴崎さんと二人で、

「山で無事に還るためのことを、もっと参加者と一緒に考えられる場所をつくれないか」

そんな話から始まった企画でした。

それが少しずつ、finetrackの中でも多くの方が関わる取り組みになっていきました。

そして18時。

会場には、入りきれないのではと思うほど人が集まっていました。

少し前までは、人が集まって顔を合わせて話をすること自体が難しい時期もありました。

こうしてまた同じ場所に集まり、山について一緒に考えられる。

そのこと自体を、少し感慨深く思いました。


ただ一つの正解ではなく

今回、参加者には一枚の「安全登山カルテ」を用意しました。

ただし、このカルテに正解を書いてもらうつもりはありませんでした。

事例が進むたびに、

「自分だったらどうするだろう」

と思ったことを自由に書き留めてもらいました。

「ここで引き返す」
「この時点ではまだ進む」
「この装備が足りない」
「ここで、もう遭難が始まっている気がする」

全部の欄を埋める必要はありません。

何か気づいたら、その瞬間の自分の考えを残しておく。

それを大事にしてほしかったのです。

事例が進むにつれて、

「ここが遭難の始まりだ」

と思ってチェックした場所が変わっていきます。

さらに先の状況を聞いて、

「いや、もっと後かもしれない」

と思い直したり、逆に、

「道に迷ったところだと思っていたけれど、よく考えたらもっと前から始まっていたのではないか」

と振り返ったりする。

それでいいんです。

むしろ、それをやってほしかった。

遭難には、「ここから遭難です」という一本の線が引かれているわけではありません。

天候。
時間。
装備。
体力。
経験。
そして、その日の自分自身。

小さな要素が少しずつ重なっていきます。

だから、一度書いた答えを変えてもいい。

前に戻って考え直してもいい。

その行ったり来たりこそ、今回やりたかったことでした。


答えが揃わなかったことにこそ価値がある

最後にもう一度、

「この遭難は、どこから始まっていたと思いますか?」

と聞きました。

答えは見事にバラバラでした。

「そもそも、この日に登山へ行くと決めたところから」

と言う人もいれば、

「天候が悪い中で予定を続けたところ」
「引き返すタイミングを逃したところ」
「身体が濡れて、体温が下がり始めたところ」

と答えた人もいました。

一方で、

「実際に道が分からなくなったところからが遭難だと思う」

という人もいました。

同じ事例を聞き、同じ情報を受け取っているのに、これほど考え方が違う。

私はそれがとても面白く感じました。

そして、finetrackの皆さんも驚いていました。

でも、考えてみれば当然なのかもしれません。

経験も違う。
体力も違う。
装備も違う。

一人で歩く人もいれば、仲間と歩く人もいる。

同じ状況でも「危ない」と感じる場所が違うのです。

メーカーが考える安全。
救助する側から見た安全。
実際に山へ行く人が感じている安全。

それらは必ずしも全部同じではありません。

だからこそ、メーカー側から一方的に、

「これを持ちましょう」
「こうしてください」

と伝えるだけではなく、


山へ行く人たちはどこで危険を感じ、何に迷い、何を必要としているのか。

そこを直接聞くことには、大きな意味があると感じました。


イベントが終わってから

そして、終了時間になりました。

一応、ここで解散です。

ところが、皆さんなかなか帰りませんでした。

そのまま店内に残り、

「自分の場合はこんな経験があってこんな時何を持っていれば……」
「さっきの場面、自分だったらやっぱり進んでいたと思います」
「こういう時はどう考えればいいんでしょうか」

と、次々に話しかけてくれました。

講義を聞いたことで、新しい疑問が生まれる。

自分の中に何かが引っかかる。

それをそのままにして帰れなかった人たちが残ってくれたのだと思います。

私はこの時間をとても大切にしたいと思いました。

ただ、その一方で、少し心に残ったこともあります。

質問を書いたメモを手にしたまま、少し離れたところで待っている方がいました。

その姿を見て、

「全員の声を、本当に拾えただろうか」

と思いました。

聞きたかったけれど、話せないまま帰ってしまった人はいなかっただろうか。

自分の中に残った疑問を、解決できないまま持ち帰った人はいなかっただろうか。

定員20名。

イベントとして見れば、多すぎる人数ではありません。

でも、この形のイベントでは、20人でも多かったのかもしれません。

柴崎さんとも、

「次は、もう少し人数を減らそう」

という話になりました。

たとえば10人くらい。
そっそく話したら動き出すのがいいところ。
12月にさっそくまたイベントを立ち上げることになりました。

通称「帰宅部」!

そもそも「たくさん集客してお金を儲けよう」
その対極にある話です。

「finetrackは場所と広報を、私は過去の遭難事案や経験を」
それぞれ無償で、価値提供して、そこに集まる皆さんを安全に還る思考を手に入れてもらう。

採算度外視、どころか何も要りません、
みなさん無料です全部用意しました、だから来てください。
というメーカーさんとしては何のメリットもない話です。

だからこそ、講師が話す場ではなく、
もっと小さなゼミのような形で、一人ひとりが話せる場にしたい。
装備を売るだけでなく安全の提案をみんなで話し合おうという、
メーカーとして素晴らしい取り組みだと思います。

今はまだプレイベントです。
だからこそ、広げることよりも先に、

一人ひとりが「来てよかった」と思える時間をつくること。

私も柴崎さんもそこを大切にしたいと思っています。


おわりに

この場を借りて、入念な準備と丁寧な対話で、
この時間を一緒につくってくれた柴崎さんに、心から感謝を伝えたいと思います。

本当にありがとうございました。

そして、今回関わってくださったfinetrackの皆さんにも感謝しています。

これからも、無理なく、でも確かに、山から無事に還る人を増やしていけたらと思います。

最後に改めて11月12月のイベントを紹介します。
11月は奥多摩で1日使って行う遭難防止と地図の講義、午後は実施訓練のあるZERO INCIDENT workshop(有料イベント)です。
皆様からいただいたお金は登山道整備等に還元しています。
12月はfinetrack×MEROSで行うfinetrack東京ベースでの無料イベントです。

ぜひみなさんも奥多摩鳩の巣、そしてfinetrack 東京ベースに足をお運びください!