二度あったことは、三度あってはならない。〜SEA ALPS TRAIL JOURNEYの下見で、再び海のアルプスへ〜
11月1日に開催される「SEA ALPS TRAIL JOURNEY」に救護として参加させていただくことになりましたので、その下見に行ってきました。

スタート地点となる普代浜園地から、第1エイドの北山崎、第2エイドひらいが水門前、第3エイドの鵜の巣断崖まで。
それぞれの場所を回り、車両でどこまで入れるのか、途中で何かあった場合にはどこからアクセスできるのか、そんなことを確認しながら一日を過ごしました。
今回、MEROSとしてこの大会に協賛し、少しお手伝いをさせていただくことになっています。
今回は、まずは大会を見て、雰囲気を感じて、できる範囲の準備をしておこうというところです。
ただ、今回この場所を巡っていると、どうしても15年前のこと、
そしてその後に歩いた1,025kmの旅のことを思い出します。
目次
私の人生を大きく変えた2011年3月11日
私は、2011年3月11日に起きた東日本大震災によって、大きく人生が変わった一人だと思っています。
当時は東京消防庁の救急救命士で、救急隊長になったばかりでした。
救急救命士という仕事ですから、それまでにも多くの人の生死に関わってきました。
それでも今振り返ってみると、当時の私は、まだ命というものについて何も分かっていなかったようにも思います。
ちょうどその頃、自ら希望していた病院救命士という道へ進むことになり、2011年4月から災害医療センターへ派遣される予定になっていました。
その直前に起きたのが、東日本大震災でした。
テレビの映像の中で、街が流されていく。家も車も道路も、それまで当たり前にあった生活が津波にのみ込まれていく。
その後、私は災害医療センターからDMATの一員として東北沿岸へ向かうことになります。
そこで見た光景は、今も忘れることができません。
家があった場所に家はなく、車が流され、生活用品や建物の一部が至るところに打ち上げられていました。
そこには、失われた多くの命もありました。
それまで救急救命士として仕事をしてきた自分にとっても、あまりにも大きな出来事でした。
この時から、少しずつ自分の中の価値観が変わっていったのだと思います。
誰かの役に立てる人間でありたい。
何か特別なことを成し遂げたいというより、自分がこれまで身につけてきたものが、
誰かの命や身体を守るために役立つのであれば、それを使いたい。
震災から15年以上経った今も、その思いは変わっていません。

消防を退職して立場は変わりましたが、今も日本各地の災害や山岳救助、大会の救護、安全に関わる仕事をしています。
振り返ってみると、今やっていることの多くが、2011年からつながっているように思います。
震災から10年、みちのく潮風トレイル1,025kmへ
震災から10年を迎える頃、私は再び三陸沿岸を歩くことにしました。
みちのく潮風トレイル。
青森県八戸市から福島県相馬市まで、東北の太平洋沿岸をつなぐ、全長1,025kmのロングトレイルです。
2020年8月14日から歩き始め、少しずつ道をつなぎながら、2021年3月11日に合計25日間で全線を歩き終えました。
そして、END TO END HIKERの証をいただきました。

1,025kmを歩くというと、どうしても距離や日数の話になりがちですが、
私にとってこの旅は、それだけではありませんでした。
三陸の海岸を歩き、漁村を通り、その土地の人と話し、山を越える。
その一方で、震災遺構や防潮堤、津波で大きな被害を受けた場所を何度も通ります。
10年前に災害対応で訪れた東北を、今度は自分の足で歩いていく。
それは私にとって、震災後の東北をもう一度見つめる旅でもありました。
1,025kmの中でも、特に好きになった北山崎
みちのく潮風トレイルには、本当に素晴らしい場所がたくさんあります。
それでも、「どこが一番良かったですか」と聞かれたら、私はその一つに北山崎周辺を挙げると思います。
今回のSEA ALPS TRAIL JOURNEYで、その舞台となる場所です。
北山崎というと、多くの人は展望台から見る断崖絶壁の景色を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、その景色も圧倒的です。
高さ200m近い断崖が何kmにもわたって続き、その向こうに太平洋が広がる。
晴れた日の景色は言うまでもありませんが、霧がかかった時もまた、北三陸らしい独特の雰囲気があります。

この雄大な景色の中にも歩くことができる隧道が…。(見えますか?)
ただ、私が特に好きなのは、展望台から眺める北山崎だけではありません。
その周辺に続く自然歩道です。
海を見下ろす断崖の上を歩いたと思えば、深い森の中へ入り、急な階段を下り、沢を渡り、また登る。
森の中を歩いている時には海が見えないことも多いのですが、ふと木々の間が開けた瞬間、突然青い海と切り立った断崖が目の前に現れます。
この繰り返しが、本当に面白い。
海沿いの遊歩道という言葉から想像するような、平坦な道ではありません。かなり登るし、かなり下ります。
私は以前、みちのく潮風トレイルを歩いた時に、
この辺りをブログで「海のアルプスを越えて行け!」と書きました。
https://sub3.sugara.net/2020/08/15/2020-08-15-231212
歩いてみると、本当にその表現がよく似合う場所だと思います。
海のすぐ横に山があり、その山を越えながら次の海へ向かっていく。
三陸のリアス海岸だからこそ生まれた、独特の道です。
1,025kmのみちのく潮風トレイルを歩き終えた今でも、この北山崎周辺は、もう一度歩きたい場所の一つです。
いつか、この道をもっといろいろな人に紹介したい
今回の下見で北山崎周辺をもう一度巡り、改めて思ったことがあります。
いつか、この場所をいろいろな人に紹介するようなことをやってみたい。
北山崎の自然歩道は、みちのく潮風トレイルを歩くハイカーのものでも、
もちろんトレイルランニングをしている人だけのものではありません。
ゆっくり歩いてもいい。ところどころで立ち止まって海を眺めてもいい。
写真を撮りながら歩いてもいい。距離や体力に合わせて一部だけ歩くこともできます。
この土地の歴史や震災のことを知りながら歩くのもいいと思います。
私自身、みちのく潮風トレイル1,025kmを歩いた経験があります。
そして今は、山の安全や救護に関わる仕事をしています。
山岳ガイドや、ガイドレスキューの資格も取得しました。
そうした経験を組み合わせて、いつか少人数で北山崎の自然歩道を歩いたり、
走ったりしながら、この地域のことを紹介できたら面白いと思っています。
ただ速く走るだけではなく、この景色がどうして生まれたのか、この土地でどんな暮らしが続いてきたのか、震災の後に地域がどう変わったのか。
そんな話もしながら歩けたら、この道の面白さはもっと伝わるような気がします。
今回SEA ALPS TRAIL JOURNEYに関わらせてもらうことは、そんなことを考えるきっかけにもなりました。
普代村で再び目にした言葉
今回の大会のスタート地点は普代村です。
みちのく潮風トレイルを歩いた時、この普代村でも非常に印象に残った場所がありました。

普代水門です。

普代村は、明治三陸津波、昭和三陸津波と、大きな津波被害を経験しています。
その経験から巨大な防潮施設の整備を進めたのが、当時の村長だった和村幸得氏でした。
高さ15mを超える水門を造ることには、当時かなりの反対もあったそうです。
それでも建設を進めた背景には、過去の津波で失われた多くの命がありました。
そして、その顕彰碑に刻まれている言葉があります。
二度あったことは、三度あってはならない
初めてこの言葉を見た時、少し変わった言い回しだと思いました。

一般的には「二度あることは三度ある」。
しかし、ここでは三度あってはならない、と書かれています。
二度大きな被害を経験したのであれば、それを教訓にして、三度目は同じことを繰り返さない。
非常にシンプルですが、とても重い言葉です。

そして2011年3月11日、普代村には再び巨大な津波が襲来しました。
普代水門を越えるほどの津波でしたが、
水門や防潮堤は村中心部への被害を抑えるために大きな役割を果たしました。
みちのく潮風トレイルを歩いた時にも強く印象に残った言葉でしたが、
今回改めてこの場所を訪れ、今自分がやっていることにも少し重なるものを感じました。
二度あったことを、三度目に持ち越さない
山岳事故でも、トレイルランニングの大会でも、山の中での仕事でも、
残念ながら事故を完全になくすことは難しいと思います。
事故が起きて初めて分かることもあります。実際にやってみなければ見えない問題もあります。
しかし、一度分かったことを次にどう生かすのか。
そこは、少しずつでも変えていけると思っています。
道迷いが起きた場所ならマーキングを見直す。
連絡がつかなかったのであれば通信手段を考える。
搬送が難しかったのであれば、事前にアクセス方法を確認しておく。
それは決して大げさなことばかりではありません。

今回の下見も、その程度のことです。
エイドへどう行くか。途中で何かあったら、どこから入るか。車はどこまで行けるのか。
そんなことを、自分の目で確認しておく。
普代村の巨大な水門と比べるような話ではありませんが、考え方としては、私が今大切にしていることとも重なります。
SEA ALPS TRAIL JOURNEYで、もう一度この場所へ
今回、SEA ALPS TRAIL JOURNEYにMEROSとして協賛し、救護メンバーとしてお手伝いさせていただくことになりました。
この地域のことも、大会のことも、長く関わってきた皆さんの方がずっとよく知っています。
私はその中に少し混ぜてもらいながら、自分にできる範囲の準備をしておこうと思っています。

最近ではスタッフの中に看護師さんなど医療職の方がいる大会も多く、救助/救護を行う上でも非常に心強いです。
ただそれだけで終わらせるのではなく、そこをつなげて、大会本部と一体となるような構築をしていくことに注力していきたいと思っています。

今回はまず、現場を見て、大会を見て、この地域をもう一度歩いてみる。
そこからでいいと思って歩いてきました。
また「海のアルプス」へ
2011年、災害対応で訪れた三陸。
10年後、みちのく潮風トレイル1,025kmを歩いて、再びこの土地を訪れました。
そして2026年、今度はSEA ALPS TRAIL JOURNEYのお手伝いとして、また普代村と北山崎へ戻ってきました。
こうして振り返ると、不思議なつながりを感じます。

震災の時に見た三陸。自分の足で1,025kmを歩いて見た三陸。
そして今、また違った立場から見る三陸。
その中でも、やはり北山崎は私にとって特別な場所です。
いつか、この自然歩道をいろいろな人と歩いてみたい。

初めて三陸に来る人にも、山を走る人にも、普段あまり山を歩かない人にも、この場所を知ってもらいたい。
そんなことも少し考えながら、まずは11月1日。
SEA ALPS TRAIL JOURNEYのお手伝いをしてきます。
久しぶりの「海のアルプス」。
私自身も楽しみにしています。

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