実績・活動記録

Works

イベントレポート2026.09.25

THE LAST PIECE〜信越五岳で見つけた、自分が埋めるべき最後のひとかけら〜

最後の一枚

「まっさん、コース看板の矢印が、1枚だけまだついていないんです」

会場に着いた私に、石川弘樹さんがそう声をかけた。

1000枚以上設置してきた看板の、本当に最後の一枚。
その矢印が、まだ取り付けられてないのだという。

大会開始まで、あと4時間。
取り付けに行って戻ってくる笹ヶ峰は、往復で約2時間かかる。

その一枚がないからといって、大会が始められないわけではない。
そこに矢印がなくても、すぐに選手が迷うような場所ではないのかもしれない。

大会が始まって、少し落ち着いてから行けばいい。
そう考える人もいるだろう。

けれど、私は即答した。

「行ってきます。看板、つけてきます。」

弘樹さんの表情が、少し和らいだ気がした。

スタート会場から笹ヶ峰まで、約50分。
車を走らせながら、私は弘樹さんのことを考えていた。

大きな構想を描き、多くの人を巻き込み、物事を前へ進めていく人。
その一方で、とても繊細で、心配性な一面もある人だ。

たった一枚の看板が、気になっている。

その細やかさが、信越五岳という大会の姿をつくっているのではないだろうか。

看板を取り付け、会場へ戻った頃から、天気が急変した。

強い風が吹き始め、雨足が増していく。弘樹さんの表情も変わった。

レース序盤の山岳区間を、この状況で選手に通過させてよいのか。
本部では、その判断が大きな課題になっていた。

私は、最後の矢印を無事に取り付けてきたことを伝えた。

たった一枚の看板。
けれど、それが残ったままスタートの号砲を鳴らすのと、そこまでやり切って号砲を鳴らすのでは、迎える側の心持ちは大きく違う。

このときはまだ、その一枚が、自分にとって今回の大会を象徴するものになるとは思っていなかった。

雨の中で見えた、信越五岳の本質

信越五岳トレイルランニングレース2026が終わった。

台風の接近が心配され、降りしきる雨の中で始まった大会を終え、今はまず、無事に終えられたことへの安堵がある。
私ですらそうなのだから弘樹さんをはじめ大会事務局の安堵感は相当なものだろう。

その裏側には、多くの人の判断と行動があった。

弘樹さんの危機管理能力。
そして、弘樹さんを支える仲間たちの人柄と、それぞれの分野で培われたプロフェッショナルとしての力。

今回、私はその一端を間近で見ることができた。

前回の記事では、約160kmのコースに立てられる約1000本の矢印について書いた。
選手が一瞬でも迷う場面を減らすために、一本一本を考えて設置する。
その準備自体が、安全対策になっているという話だ。

大会本番では、その先を見ることになった。

どれほど準備を重ねても、自然の中では状況が変わる。
天候も路面も、選手の疲労も、スタッフの状態も変わっていく。

その変化に対して、誰が情報を伝え、誰が判断し、誰が現場で動くのか。

信越五岳の強さは、整えられたコースだけでなく、人と人とのつながりの中にあった。

前へ進む人たちと、その後ろに残る空白

さまざまな大会やアウトドアイベントに関わるようになって、半年以上が経った。

この世界には、とてもアグレッシブな人が多い。

面白いと思ったことを形にする。人を集め、地域を動かし、新しい挑戦の場をつくる。難しいことがあっても、工夫しながら前へ進んでいく。

余暇に本気になり、その楽しみを多くの人と分かち合おうとする。その姿勢や行動力には、いつも刺激を受けている。

ただ、すべての大会が、信越五岳のように細部まで手をかけられる体制を持っているわけではない。

人数も予算も時間も限られる中で、行政との調整、コースづくり、参加者募集、資材の手配、ボランティアの確保、会場設営など、膨大な仕事を進めている。

決して、何かをおろそかにしたいわけではない。

前へ進む力が強いからこそ、イベントは実現する。けれど、前へ前へと進むとき、後ろに残った小さな空白には目が届きにくくなることがある。

大会が終わった後、こんな声を聞くようになった。

「あのとき、何も起きなくてよかった」

「今回はうまくいったけれど、悪い方向へ進んでいたらどうなっていただろう」

「事故が起きたら、誰が、どう動けばいいのだろう」

その不安は、主催者が大会を大切に思っているからこそ生まれるものでもある。

最近は、そうした相談から、大会全体のリスクを整理したり、事故の未然防止や、起きてしまったときの救助・搬送について評価し、表現する仕事をいただくようになった。

大会によって、必要なものは違う。

行政や地域とのつながりが必要な場合もあれば、医療・救護の人手が必要な場合もある。
山中での救助体制や、現場と本部をつなぐ通信が課題になる場合もある。

すでにある強みを理解し、その上で足りないところを埋める。

そこに、自分の役割があるのだと思う。

消防で続けてきた「困っているところを埋める仕事」

私が24年間続けてきた消防という仕事は、本当に何でもやる仕事だった。

火を消す。人を救助する。傷病者を搬送する。災害の現場で、人や情報を整理する。

そして、誰に頼めばいいのか分からない状況で、目の前の困りごとに向き合う。

何が起きているのか。
何が足りないのか。
今ある人と資器材で、何ができるのか。

現場でそれを考え、動くことを続けてきた。

もちろん、どの仕事にも、誰かの困りごとや不足を埋めるという面がある。
その中でも、屋外イベントや山中での安全管理、トレイルランニングや登山での事故防止、地域おこしに関わる行政との調整には、自分の経験を生かせると感じている。

救急救命士、山岳救助、災害対応、無線や通信、行政での仕事。そして、自分自身が長い距離を走り、山の中で過ごしてきた経験。

それらを組み合わせることで、役に立てる場所がある。

肩書きだけで、自分の仕事を決めてしまいたくはない。

その現場で必要なものを見つけ、必要な形で関わっていきたいと思っている。

「ここに残ります」

最後の看板を取り付けて戻った後、私の役割は大きく変わった。

悪天候で危険性が増した山岳区間の評価とボランティアスタッフの配置。
100mileの選手が通過する場所で、転倒や怪我のリスクを少しでも減らすための環境づくり。

「ここで選手に怪我をさせたくない」

その思いで、急遽持参したロープを張り、現場の状況を見ていた。

しかし、守らなければならないのは選手だけではない。
雨風にさらされながら、その場を支えているボランティアスタッフも同じだ。

ロープを張っていた現場で、私は無線を通して弘樹さんへ状況を伝えた。
記憶に残っているやり取りは、こういうものだった。

「弘樹さん、このままではボランティアスタッフも危険です。吹きっ晒しでもう6時間以上、体もびしょ濡れで、風も強い。風速は15メートルを超えています。スタッフの撤退を判断したいです」

少し時間をおいて返ってきた言葉は、切実なものだった。

「まっさん、最後のスイーパーが通過するまで、1人でもコースに選手がいる以上、そこに残ってくれないと困ります」

普段の弘樹さんの、人の良さや穏やかさを知っている。

その人が、そう言った。

私は一枚の看板にもこだわる弘樹さんのことを思った。

現場のスタッフを守りたい。一方で、まだそこを通過する選手たちの安全も確保しなければならない。

弘樹さんにとっても、苦渋の思いだったのではないか。私は、その言葉をそう受け止めた。

「もう選手もまばらです。ほかのスタッフは下山させます。私はここに残りますから、安心してください」

そう伝えた。

「まっさんは寒くないですか?」

弘樹さんが変な優しさを出してくる。

「ミートテックがありますから!」

変な優しさには変な優しさで答えた方が良い。
たくましくお腹についたミートテックを恨めしくつまみながら、レインウェアのチャックを上げた。

自分が残ると答えたことも、スタッフの撤退を求めたことも、同じ安全管理の中にある。
現場にいる人の状態を本部へ伝え、必要な役割をどう維持するかを考える。
その難しさを、強く感じた場面だった。

現場には、選手を守る責任がある。
本部には、大会全体を見渡す責任がある。
そして、その両方に、スタッフを守る責任がある。

その間をつなぐために、自分の経験が必要とされている。

まばらになってきた選手に声援を送りながら、さらに強くなる風雨の中で、私は、そう感じていた。


下山後、みんなが自分を待っていてくれた!一気に笑みがあふれる瞬間!

今年の経験を、来年の安全へ

大会の途中には、コース上のフィックスロープを確認しに行った。
先週、弘樹さんと張りに行ったチャンピオンゲレンデの急登のセクションだ。

多くの選手が、ロープを引っ張りながら登っていた。

実際の使われ方を見ると、設置するときだけでは見えないことが分かる。
さらに濡れた路面で、疲労した選手がどのようにロープをつかみ、体を支えようとするのか。

来年は、もう少し違う張り方があるのではないか。
選手の動きに合った、安全な通過の仕方をつくれるのではないか。

そんなことを考えた。

無事に通過できたから、それで終わりにするのではなく、見えたことを次の準備へ返していく。

大会をつくる仕事には、本番でしか得られない学びがある。

今回、私自身も多くを学ばせてもらった。
その経験を、来年や、これから関わる別の大会の安全につなげていきたい。

待機は、「もしも」を引き受ける時間

大会が終盤へ進むにつれ、私の役割は待機へと変わっていった。

何も起きていない時間にも、役割がある。

救助要請があれば動けるように、装備と体制を整えておく。
必要になれば救護チームと連携し、現場へ入る方法や搬送の方法を考える。

待機とは、その準備をしたまま、そこにいることだ。

消防時代にも、同じような時間がたくさんあった。

何も起きないことを願いながら、起きたときには動けるようにしておく。

「もしも」を引き受けるための時間。

今回の待機も、その一つだ。

「まっさん」
「まっさん?奥多摩のまっさんですか?」
「走ってるの?」
「先週ぶりだねw」

会場では、多くの方に声をかけてもらった。

自分の存在や役割を知ってもらい、必要なときに声をかけてもらえる。
それも、現場での連携をつくる大切なことだと思う。


車の中で30分ほど仮眠、無線が入ればすぐ戻る、そんな状態が継続する。

ゴールの後にも、埋めるべき場所がある

レースが終われば、すべての仕事が終わるわけではない。

選手が帰り、会場の熱気が静まる頃には、ボランティアやスタッフの人数も少なくなっていく。

それでも、会場にはまだ仕事が残っている。

資材の撤収。仮眠所の片付け。トイレの清掃。
使った場所を、次に使う人へ返せる状態に戻すこと。

少しでも手伝えればと思い、私は夜まで信越に残った。

ゴール会場のトイレを掃除し、皆さんが休んでいた仮眠所を片付ける。

そこで改めて、ボランティアの皆さんのすごさを感じた。

雨の中で選手を誘導する人。エイドで迎える人。
会場を支える人。そして、人が帰った後も片付けを続ける人。

大会は、こうした一つ一つの仕事で成り立っている。

ロープを張ることも、救助に備えて待つことも、最後にトイレを掃除することも、そのとき必要な場所を埋める仕事だ。

専門性を使う場面もあれば、もう一人、手があるだけで役に立つ場面もある。

そのどちらにも、自然に入っていける人でありたい。

弘樹さんと、信越五岳をつくる人たち

今回、弘樹さんの危機管理能力を改めて感じた。

それは、大きな判断だけに表れるものではないと思う。

最後の一枚を気にかけること。
天候の変化を受けて、コースを通すかどうかを考えること。
現場からの報告を受け、必要な役割を誰に託すかを判断すること。

細部を見る目と、大会全体を背負う目。その両方が必要になる。

そして、弘樹さんの周囲には、それぞれの持ち場で判断し、動ける仲間たちがいる。

コースや地域を知る人。運営を支える人。医療や救護を担う人。現場の変化を伝える人。

その能力の高さと、人柄に触れる場面が何度もあった。

それぞれが専門性を持ち、相手の仕事を信頼しながら一つの大会をつくっている。
その関係が、厳しい状況の中で大会を支えていたように感じる。

信越五岳は、コースや景色だけで記憶に残る大会ではない。

関わる人たちの姿や、その場に流れる空気まで、持ち帰りたくなる大会だった。

この運営の考え方や雰囲気を、これから自分が関わる大会にもつないでいきたい。

規模や予算、地域が違っても、目立たない準備を大切にすること、経験を次の改善へ返すこと、互いの専門性を生かすことは、持ち帰れるはずだ。

あの一枚が、教えてくれたこと

大会が終わった今、会場に着いたときの言葉を思い出す。

「まっさん、看板を1枚つけてきてくれませんか」

あの言葉には、私がそのとき受け取った以上の意味があったのかもしれない。

もちろん、それは私が後から思い描いたことだ。
あのとき、弘樹さんがどこまで先を考えていたのか、私は知らない。

けれど、看板を取り付けて戻った後、実際に天候は急変した。

山岳区間の評価。選手を通すかどうかの判断。ロープの設置。スタッフの安全。

目の前の課題は、一気に変わった。

もし最後の一枚を後回しにしていたら、私も弘樹さんも、そのことに意識を向ける余裕を失っていたかもしれない。

「後でやればいい」と思える仕事を、動けるうちに終わらせておく。

最後の一枚まで整えた上で、選手を迎える。

それは、たった一枚の看板へのこだわりであると同時に、次に起こることへ向き合うための準備でもあったのだと思う。

海外で多くのレースを経験し、日本でトレイルランニングの楽しみ方を広げてきた、プロトレイルランナー・石川弘樹。

弘樹さんが思い描いている大会の姿や、そのために見ている範囲は、私が一緒に作業しながら見ていたものより、ずっと広く、深い。

そのすべてを分かったとは言えない。
だからこそ、学ぶことが多かった。

そして今なら、あの「最後の看板」という一言にも、弘樹さんらしさが詰まっていたように思える。

THE LAST PIECE.

大会やイベントによって、最後に残る空白の形は違う。

救護の手が必要なこともある。
救助や通信の仕組みが必要なこともある。
行政や地域との間をつなぐ人が必要なこともある。

ときには、一本のロープかもしれない。
何かが起きたときに動ける待機要員かもしれない。
レースが終わった後の、もう一人の片付けの手かもしれない。

これからも、声をかけてもらったときには、その場所に本当に必要なものを考え、柔軟に応えていきたい。
そして自分が関わりたいと思う大会やイベントには、自分からも声をかけていきたい。

たくさんの人が時間と力を注ぎ、すでに形にしてきたものがある。
その仕事を尊重しながら、最後に残った場所へ入る。

今回、最初に自分が埋めたのは、最後の一枚の矢印だった。

そして大会が進むにつれ、埋めるべき場所も、自分の役割も変わっていった。

信越五岳で学んだのは、その変化に応え続けることの大切さだったのだと思う。

弘樹さん、信越五岳チームの皆さん、地域の皆さん、ボランティアの皆さん。
そして、雨の中で長い旅に挑んだ選手の皆さんへ、心から敬意と感謝を伝えたい。

この大会で見たこと、感じたことを、次の現場へ持っていく。

「まっさん、最後の一枚が、まだなんです」

そんなふうに声をかけてもらったとき、これからも自然に答えられる自分でいたい。

「行ってきます。つけてきます」

 

THE LAST PIECE.

最後に足りないひとかけらを、自分が埋める。